連載の振り返り|各回から見えてきた本質
第1回:純粋な「好き」が導く経営革新
「やりたかったからやったんです。好きでやっているやつには敵わないんですよ」という大川社長の言葉には、環境経営の本質が凝縮されています。2004年、まだ環境への取り組みが一般的ではなかった時期に、経営者の純粋な興味から始まった取り組みは、結果として大きな競争優位性をもたらしました。(第1回『「好き」から始まる環境経営』より詳しく解説)
ここで重要なのは、その「好き」という感覚が単なる趣味的な関心に留まらなかった点です。例えば、燃料電池車の導入を決めた際も、水素と酸素から電気を作り出す化学反応への純粋な興味が原動力となりました。しかし、実際の運用を通じて得られた知見は、お客様への具体的な提案力となって実を結んでいます。
第2回:既存の強みを活かした事業革新
「印刷しない印刷会社」という一見矛盾した方向性は、実は深い洞察に基づいています。明治時代から続く印刷技術という強みを持ちながら、デジタル化の波に対して真正面から向き合い、新しい価値を創造する姿勢は示唆に富んでいます。(第2回『印刷しない印刷会社への挑戦』より詳しく解説)
例えば、関東学院の100年史デジタル化では、単なるPDF化ではなく、AI活用による要約や検索機能の実装まで視野に入れた提案を行いました。さらに、このすべての工程を再生可能エネルギー100%で実施することで、環境価値も付加しています。このように、既存の強みと新しい技術、そして環境への配慮を融合させる発想は、多くの企業にとって参考になるはずです。
第3回:信念が導く持続可能な経営
環境経営を取り巻く状況は日々変化していますが、大川印刷が貫いているのは「お天道様が見ている」という普遍的な価値観です。この信念は、例えば「カミシェル®」という名刺用紙の提案において具現化されています。(第3回『環境経営が切り拓く新しい企業価値』より詳しく解説)

実践から見えてきた3つの重要な示唆
1. 形式から本質へ:環境経営の真の意味
環境経営は単なる規制対応や取引先からの要請への対応ではありません。大川印刷の事例が示すように、それは企業の持続的な成長と新しい価値創造につながる機会です。
例えば、同社のデジタルアーカイブ事業は、単なるデジタル化支援ではありません。関東学院の100年史デジタル化では、1,023ページの資料を45分でデジタル化し、その後のOCR処理により全文検索を可能にしました。さらに、AIによる要約機能の実装まで視野に入れた提案を行っています。これらすべてのプロセスを再生可能エネルギー100%で実施することで、従来にない価値を創出しているのです。
2. 具体性と透明性の重視
大川印刷の特徴は、すべての取り組みが具体的で透明性が高いという点です。再生可能エネルギーの利用においても、自社太陽光発電約20%、風力発電約80%という具体的な内訳を示しています。
この姿勢は、新規事業の開発においても一貫しています。「カミシェル®」という名刺用紙の提案では、年間約25万トンという具体的な廃棄量データに基づいて卵の殻の活用することで、廃棄物削減とCO2排出量削減を実現。さらに、1箱の購入につき1本マングローブへ植樹するというネイチャーポジティブな活動も組み込まれています。この「見える化」が、ステークホルダーとの強固な信頼関係構築につながっているのです。
3. 全社的な理解と実践の重要性
環境経営の成功には、全社的な理解と実践が不可欠です。大川印刷では、ドラッカーの「コミュニケーションとは知覚である」という言葉を体現し、環境への取り組みを社員一人一人が実感として理解することを重視しています。
例えば、環境配慮型の溶剤導入では、最初に評価したのは顧客ではなく現場の従業員でした。人体への影響が少ないという直接的なメリットを実感できたことが、その後の取り組みの推進力となったのです。また、電力使用量の削減では、製造現場、営業、管理部門など、部署を超えた協力体制が自然と生まれ、新しいアイデアが次々と生まれる土壌となっています。

実務者のための実践ポイント
始める際のポイント
1.自社の強みと環境経営の接点を探る
- 既存の事業や技術をベースに展開可能な環境施策を検討
- 例:大川印刷は印刷技術という強みを活かし、デジタルアーカイブ事業を展開
2.できるところから具体的に始める
- 全社的な取り組みの前に、パイロットプロジェクトとして小規模な実験を実施
- 例:特定の工程や製品ラインでの環境配慮型材料の試験的導入
3.社内での対話を重視する
- 現場の声を丁寧に聞き、実践的なメリットを共有
- 例:環境配慮型溶剤導入時の従業員の健康面でのメリット実感
推進時のポイント
1.定量的な効果測定と可視化
- 環境負荷低減効果だけでなく、経済的効果も含めた総合的な評価
- 例:再生可能エネルギー導入による電力コスト削減額の明確化
2.部署間の連携強化
- 環境施策を通じた部署横断的なプロジェクトの推進
- 例:電力使用量削減における全部署での協力体制構築
3.従業員教育の継続的な実施
- 単なる知識の伝達ではなく、実践を通じた理解の深化
- 例:工場見学での説明機会を通じた従業員の理解度向上
発展させる際のポイント
1.新しい事業機会の探索
- 環境への取り組みを新規事業開発のきっかけに
- 例:卵の殻を活用した「カミシェル®」の開発
2.ステークホルダーとの対話強化
- 取り組みの具体的な内容と成果を積極的に開示
- 例:再生可能エネルギーの調達先と使用比率の明確な提示
3.中長期的な視点での価値創造
- 「信念」に基づく一貫した取り組みの継続
- 例:「お天道様が見ている」という普遍的な価値観に基づく判断

今後の展望
環境経営を取り巻く状況は日々変化していますが、その重要性は一層高まっています。特に中小企業にとって、環境経営は新しい競争優位性を獲得する機会となり得ます。大川印刷の事例が示すように、重要なのは「形式的な対応」ではなく、自社らしい取り組みを見つけ出し、実践していくことです。
おわりに
環境経営の真価は、単なる環境負荷の低減にとどまりません。それは、企業の存在意義を問い直し、新しい価値を創造していく機会となり得るのです。大川印刷の取り組みが示すように、重要なのは推進のための確かな信念と、それを形にしていく具体的な実践です。本連載が、これからの持続可能な経営を目指す皆様にとって、実践の一助となれば幸いです。
全3回にわたる連載はこちら
・第1回『「好き」から始まる環境経営』
・第2回『印刷しない印刷会社への挑戦』
・第3回『環境経営が切り拓く新しい企業価値』